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夜中の薔薇

以前から手元にあって、時々手にしては虫食いのように読んでいた向田邦子さん最後のエッセイ集を先日最初から通して読む。
向田さんの死後の著書ではもっとも早く発行されたと言うこの本、生前から計画されていたそうで、書名も向田さんが決めていたもの。
夜中の薔薇_c0024861_16155643.jpg
「夜中の薔薇」のタイトルは、60前後の数のエッセイの中のタイトルのひとつ。
ゲーテの「野ばら」を、とあるパーティで出会った女性が
♪♪ 童は見たり野中の薔薇・・・ ♪♪(この時はシューベルトの方で歌ったそう)
と、いきなり歌い出し、向田さんも一緒に唱和、歌った後「随分長いこと、『夜中の薔薇』と歌っていたんです」
そうだったのですかと向田さんが言いかけたところで知人に出会い、見失った後で、その女性は一年前にインタビューを受けた地方新聞の記者と気付く。

エッセイ集『眠る盃』にも「荒城の月」の一節を間違えて覚えていたことを書いているけど、そんな間違いは結構あると、読者からの反応も書いていて
「兎美味しかの山」(兎追いしかの山)
「黒き長瞳」(黒き汝が瞳)
「苦しき力に玉も迷う」(奇すしき力に魂も迷う)
などなど。

そして後半は向田さんらしいちょっとの色っぽさを漂わせた文が続き、最後はもらった沢山の萎れた薔薇を夜中に水切りして浴室いっぱいにし「くれない匂う夜中の薔薇」で終わっている。

ちなみに私の傑作間違いは、何と『芸者ワルツ』
その中で
「乱れる裾に恥ずかし嬉し」とあるけど、それを
(乱れる酢味噌に恥ずかし嬉し)と歌い、何で「酢味噌和え」が乱れると恥ずかし嬉しなんだ?とちょっと疑問に思いながら歌っていたのは、多分小学校入学前後かな?
当時ヒットしたこの曲、後年「酢味噌和え」ではなく、『裾』だったんだ!!!とハッと気付く。
えぇ、ちょっとだけ大人になったんでしょうね、多分。

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私が読んだのは文庫本で、解説を小泉タエさんが書いている。
末尾の文。

装丁は「眠る盃」と同じ司修氏、表紙、カバー、扉、すべて向田さんの好きな猫の絵で飾られている。特に扉に描かれた猫は、著者近影と書き添えたいような美女である。薔薇模様の洋服を着て、薔薇の花束を抱え、星と三日月の中にいる。そして見返しは、ショパンの葬送行進曲の譜。
この本を最初に手にした時、「ああ、向田さん好み、見せたい」と思ったのを忘れない。
「夜中の薔薇」が文庫に入り、広く読まれるのは喜ばしいが、あの心のこもる装丁を過去のものとするのは惜しい。ここに書きとめて、文庫の読者に知っていただくことにした。


これを読み、その装丁がどうしても見たくて、図書館にリクエスト(文庫本はあったけど)して、見ることが出来た。

当然カバーは外されていて(カバーの装画は文庫本と同じものらしい)、一本の線だけで描かれたクレーの天使みたいな猫の表紙。
夜中の薔薇_c0024861_16251598.jpg
「夜中の薔薇」のエッセイを一枚の絵に凝縮したよう扉絵。
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譜面は読めないけど、「葬送行進曲」の譜と知り司修さんの気持ちが伝わる。
夜中の薔薇_c0024861_16254158.jpg
ようやく見れた司さんの装丁。
今電子書籍化が進んでいるけど、装丁などはどうなるのかな?
過日、蔵書をPCに取り込むため、背表紙をカットしてくれる業者が忙しさを増していると放送しているのを見た。
背表紙がカットされるさまと、背骨が無くなったように感じた蔵書が持ち主に返送され、それを高速スキャナーで取り込む様子に、ちょっと本の痛みを感じてしまう。
コンパクトになった沢山の蔵書は、確かにいつでもどこでも読める利便性はあるんだけど。
by koro49 | 2010-12-14 16:40 |
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