カテゴリ:本( 107 )

晩鐘

一昨日図書館で読了した本は、佐藤愛子さんの『晩鐘』
昨日感想を書こうと思ったら、カバーが無い。
汚したら困ると包装紙のカバーをし、本当のカバーは帯と共に取って置いたけど、最初の場所から移したらしく探せなかった。(友だちゴメン)
そのうちどこからかひょっこり出てくると思うので、出て来たら写真は撮りなおして差し替え予定。頂いた小さな花束のストックからいい香りがして。
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100ページほどを読むのに途中中断しながら一年近くかかり、図書館で一気に読めた。
読後ぼ~っとして体の力が抜け、海が見たいと思った。

作者と元夫との出会いから、取り囲む人たち、出来事が、『梅津玄先生へ藤田杉の手紙』の間に綴られている。
故人となっている梅津先生への手紙を書くことで、藤田杉(作者)は、自分の過ぎた日々の確認と、問いかけと共に、書くことで心の負担を軽くしたかったのかも知れない。
それを90歳目前で書けることのすごさを思っていた。
元夫のためにがむしゃらに仕事をこなし、増え続ける借金を返済しながらも、やはり憎めずにいる。
憎むという単純な行為では収まらないほどの多くの思いを抱えながら歩んで来た人生。
人は皆、見えない何かを背負って人生を歩んでる。
その荷物の重さは他人には推し量ることが出来ないものなんだということ。

2014年秋のあとがきに

今までに私は何度もかつての夫であった男(この小説では畑中辰彦)を小説に書いてきました。「また同じことを・・・」と苦々しく思われるであろうことを承知の上でです。しかしそれは私にとっての必然で、くり返し同じようなことを書きながら、私の中にはその都度、違う根っ子がありました。ある時は容認(愛)であり歎きであり、ある時は愚痴、ある時は憤怒、そしてある時は面白がるという、変化がありました。それは私にしかわからない推移です。今思うと彼を語ることは、その時々の私の吐物のようなものだったと思います。・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
 しかし畑中辰彦というこの非現実的な男は、書いても書いても、いや、書けば書くほどわからない男なのでした。刀折れ矢尽きた思いの中で、漸く「わからなくてもいい」「不可能だ」という思いに到達しました。私たちは平素、いとも簡単に「理解」を口にします。しかし本当は真実の理解なんてあり得ない、不可能なのではないか、結局は「黙って受け容れる」ことしかないのでは?と思うようになりました。彼が生きている間にそのことに気づくべきでした。しかしそれにはこの長い小説、だらだらと繰り返された現実を書くことが必要だったのです。・・・・・・・・・・

頷きながら読了。

その後、このエッセイを書き、今頃はのんびりゆっくりの時を過ごされているのでしょうか?

『沈黙』と共に、もう一度読みたい。
そう言えば、当時の灘中生たちにとって電車で見かける佐藤さんはマドンナだったと、遠藤周作さんのエッセイか何かで読んだ気がする。
今この二冊をもう一度読みたいと思うのも何かの導きか?偶然か?

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お餅ランチ
by koro49 | 2017-03-24 16:09 |

老嬢物語

先月図書館から借りた本、返却期限に気づき、慌てて読了。
高楼方子さんのウェブエッセイをまとめたもの。
『老嬢物語』のタイトルに惹かれ借りたものだけど、高楼さんがこれまでリアルに出会ったり、本、映画の世界で出会ったりの老嬢が書かれていた。
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表紙に描かれたおばあちゃんたちの色んな姿が、本の内容を表していて楽しい。

<童女>や<幼女>や<少女>や<乙女>といったカテゴリーの一つに<老嬢>もあり、みなそれぞれの年齢を生きている・・・・・
けれどおばあさんというものは<童女>とちがって、衰えや死との距離がうんと近いのだという当然のことを、最近読んだ一つの小説が思い出させてくれた。
というより教えてくれたのだった。そこまでを含めて<人の一生>なのであり、生きものである以上は枯れて死に、世界から消えてゆくものだということを。


本の後半の部分に頷く。
私も老女、老嬢、老婆・・・の仲間入り。
出来たら優しく穏やかなそれらに近づきたいと思うこの頃。

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今日のちびっこ
by koro49 | 2017-03-08 15:53 |

彼女の家出

数日家を空けた私が家出だった訳ではなく(ま、プチが付くのようなもの?)、平松洋子さんのエッセイのタイトル。
昨秋娘が帰省時に、新幹線車内で読んだと置いていった本。
ところどころ拾い読みだったのを、昨夜読了。
帯に書いてある『女50代、しょっぱい現実・・・』って表現が、この本の全てを凝縮。
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間もなく70代に手が届く私、うんうんと頷いたりクスッとしたり、娘はどんな気持ちで読んだのだろう?
案外「お母さんの現実だ・・・」と思いながら読んでいたかも知れないな。

午前中歯科、これも私の『しょっぱい現実』

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若作り?
by koro49 | 2017-03-06 14:55 |

沈黙

先日、図書館で少し読んだのがこの本。
こんな本はどうしても集中できる静かな場所で読みたい。
テレビを消した時はいいけど雑音があると読めなくて、昼食後二階で読了。
高3の時、この本のことを当時の校長先生が全校集会の時話してくれ、それからずっと気になっていた本。

半世紀近く経ち、映画を観る前にどうしても読みたく、図書館で文庫本を借りれた。



宗教については確たるものを持ってなくて、仏事に関してはこの家の宗派に則り、実家の仏事には実家の宗派に従って。
多くのこの国の人たちは、そうだと思ってる。
ひとつの宗教を信仰する難しさは、よく思う事。
『沈黙』は鎖国下での厳しい弾圧での中のカトリック教徒の険しい信仰の道を描いたのかも知れないけど、弾圧などを抜きにしても、疑問に思う事、間違い(考え方の違い)に気づくことなどで、揺れて当然と思っている。
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「この世にはなあ、弱か物と強か者のござります。強か者はどげん責苦にもめげず、ハライソに参れましょうが、俺のように生まれつき弱か者は踏絵ば踏めよと役人の責苦を受ければ・・・ 」

「主よ。あなたがいつも沈黙していられるのを恨んでいました」

「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」

キチジロー、ロドリゴ、キリストの言葉。

踏絵を踏んだロドリゴは表向きは棄教であったとしても、その時新たな神への愛、裏切り行為ではなかった(赦されていた)、信仰心は確立されていたと思わせて小説は終わっている。

家人も持っていたので、映画の前に再読したい。

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ヤマガラ
by koro49 | 2017-02-20 15:32 |

寒じめほうれん草

県内ばかりでなく、寒い地方で栽培されている寒じめほうれん草。

味が濃く、栄養価も高いから、今の季節はそちらを買う。
雨降りで光が足りなく、ちょっと色が伝わらない。
お昼に茹でて、和風サラダ。
牧場の生乳を頂いたら作るカッテージチーズとシソの実の佃煮、戻したヒジキは甘辛に味付け。
茹でたパプリカ、人参と和えたもの。
生の食感も欲しいけど、今は残念ながら茹でて。
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ヘルシー、美味しい。

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コータローさん
by koro49 | 2017-02-17 14:10 |

春の装い

午前中歯科の後買い物とあちこち用足し。
昼過ぎてしまい、急いで豆苗と豚バラの鍋の残りに冷凍うどんと天ぷらを入れ、土鍋のまま食卓へ。
肌寒かったから温まった。
夕飯の下準備していたら♪ピンポ~ン♪と息子から荷物。

予習課題のおまけに、春の装いのお菓子が入ってた。
期限が短いから早く食べてとのメールに、仏前に供えた後頂いた。
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パッケージは春の装い。
初めてのお菓子、今日は桜衣を。


片面を焼いた薄皮に桜の葉と粒あん。
それを折って桜の花を載せている。
作れるかも?
もう一個は明日のお楽しみ。ごちそうさま♪

予習課題は、指示通り先に本をただ今途中まで。

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九十歳。何がめでたい
by koro49 | 2017-02-16 16:12 |

かすてぃら

途中まで読んでいる本があっても、読了まで辿りつかず、本との相性が悪くなっている。
図書館から借りて来る家人の本は次々変わり、先日帰宅したら数冊の中にさだまさしさんの本があった。
地元紙にさださんのエッセイが連載されて、それが読みやすかったこともあり、タイトルの『かすてぃら』にも食指というか興味が湧いて手にした。

ページをめくったら、さださんのお父さんの最後の入院時、足のマッサージをして気付いたいぼのことから始まっていた。
さださんは、その時初めてお父さんの足のいぼを知り、知ってた弟に少しの敗北感?
それをさださんは、「置いて行かれた気がした」と表現している。
私がよく知っている人の足は母と義父で、二人の入院時と重なり、そこから一気に引き込まれて読了。
タイトルの『かすてぃら』は、お父さんの好物であり、本の中にもエピソードと共に何度も登場。
最後は精進落としの席でのカステラのバースデーケーキで終わっている。
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さださんのユーモアを交えた話を聞くように、時にはクスッ!時にはアハハッ!時にはしんみりしながら、最後はうぅっ!と涙。
悲しみの真っ最中の時は、なすべきことが多く案外泣けないもので、ホッとした時にちょっとした事がきっかけになり、嗚咽したり滂沱の涙を流し、それが時には救いと解放の涙になるんだろうな。

この本を手にしたもう一つの理由。
歯の状態が悪い時、カステラに助けられたのもある。
昔はあまり好きでなかったんだけど、好むようになったのも老いの証?
これで読書モードに少しスイッチが入ってくれたらと読了。

窓辺で三年目に入ったシクラメンが咲いている。
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ちびっ子たち
by koro49 | 2017-01-29 16:41 |

ラブレター

私が書いた訳ではなく、もちろん貰った訳でもない。
宇宙飛行士、向井千秋さんのご主人、万起男さんが書いた本

『君について行こう』女房は宇宙をめざした

を読んでる間、これはマキオちゃんからチアキちゃん(二人はこのように呼び合い、文中表記もそう書かれていた)への壮大なラブレターだなって。
もちろん甘ったるいラブレターではない。
人間同士としてお互いを認め合い、尊敬し合い、自身も宇宙飛行士を目指そうとしたマキオちゃんが、チアキちゃんのフォローに徹したこと、スペースシャトルの打ち上げまでの長い間の二人の様子、キウリとナスの水遣りを気にして搭乗したチアキちゃん(もちろん照れもあると思ってる)が、言ったら失礼と思いつつ愛らしい。
笑いと涙、美しい夫婦(同志)愛。

この本は友人が送ってくれたもので、涼しくなってからベッドの中で読んでいた。
日中体を動かした日は、早くベッドに横になってこの本を手にするのが楽しみだった。
時には数ページで寝る時もあるけど、無理しない範囲で少しづつ眠りにつくまでの間、楽しく読めた。
今日は草取りの予定が午前中強い雨で土がすっかり柔らかくなり中止。
所用を終えた午後読んで読了。
何でミィの小皿に豆?
友人がこの本を送ってくれた時、豆が入ってて本の最後に豆が出て来るとの話し。

この日に食べた豆は、その謎が解けるまで残りを冷蔵庫保存。

いつ出て来る?読み落としたかな?と読み進めたら、ほとんど最後に出て来た。
スペースシャトルの打ち上げが無事成功した時、配偶者や乗組員に近い家族は豆を食べる習慣があるのだとか。
マキオちゃんたちも食べていて、それは多分スープで柔らかく煮た豆なんだろうな?
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c0024861_1716287.jpg読む間、やはりチアキちゃんのお母さんの顔が見たくなり、この号の三号を手にした。
自分の子育てを考えた時、今なら・・・と、あれこれ反省することはある。
でも当時は必死、若かったから見えないものも多かった。
一番は余裕をもって笑顔で子どもに接することのような気がする。
やはり母の笑顔に勝るものはないのかもね。


本の中にプレスリーもJFKも出て来た。
チラッと音楽を聴けるかも?!の話も。
友人のミステリーツアーはもしかしたらまさかここ?
そして「ニューオリンズ?!!」
ちょっとは当たったかな?

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テープコレクション
by koro49 | 2016-09-17 21:28 |

ちいさなべこもち

まさかり半島内ではどこでも作られてるべこ餅。
細かい模様のべこ餅には、感嘆はするものの簡単には作れず、いつも食べるだけ。
先月べこ餅の本が出たのを知り、買わねばと思っていたら書店で「ジャンッ!!」と目立つ陳列で、早速買った。
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本来のべこ餅の作り方も載っているけど、小さな一口サイズのべこ餅、デザインの簡単なべこ餅を、デコ餅と名付けて載せてあるのが嬉しい。
大畑町の生活改善グループのおばあちゃんのべこ餅や、新しい小さなデコ餅。
細かな写真と共に、グラム、センチも明記してあり、作りたい気持ち満々。
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下左の模様は束ねと言い、母も作っていた。
べこ餅の名の由来は、べこ(牛)が寝そべる姿から来ていると聞いている。
べコ餅名人は目指せないから、小さなデコ餅作りに挑戦してみたい。

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明け方の雨
by koro49 | 2016-09-06 16:35 |

暗幕のゲルニカ(日)

先月借りても全く読めず、再度借りなおして読んだ本。
原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』。
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あの有名なピカソの『ゲルニカ』制作を挟んだ前後の9年間ほどと、当時の愛人(ミューズ)だったドラ・マール、二人を守り支えたパルド・イグナシオ、当時の世界情勢。

NY近代美術館のキュレーターで『ピカソの戦争展』を企画し、『ゲルニカ』を借り出すことに奔走する八神瑤子。
その間には2001.9.11の世界貿易センターでのテロ攻撃で夫と突然の別れになったこと。
その夫がエンゲージの代わりとして贈ってくれたピカソのドローイングの『鳩』
瑤子がテロリストに拉致された時、違う『鳩』が登場し、それは瑤子を助けることになる。
ピカソは鳩が好きだったというが、鳩は平和を希求する作者の気持ちを表すように何度も登場する。

上のふたつ、過去(70年ほど前)と現代が交互に書かれ、どこからがフィクションなのかは私には分からず。
それでも作者の今これを書かなければの気持ちは伝わった。

本を開くとタイトルの後のページに

芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。

               -パブロ・ピカソ

の言葉。

瑤子が『ピカソの戦争』を銘打った展覧会を開催したいと最初に理事会で訴えた時の言葉。

テロで傷ついたニューヨーク市民のために、また、戦争に巻き込まれてしまった罪なき人々のために、いったいアートは何ができるのかーその思いはピカソが生涯を通じて抱き続けた気持ちと同じではないか。
自分もまたニューヨークに生を享けたキュレーターとして、展覧会を通して問いかけ、そして答えたい。-ピカソいわく、芸術は決して飾りではない。それは、戦争やテロリズムや暴力と闘う武器なのだ、と。その言葉を発展的にとらえれば、アートとは、人間が自らの愚かな過ちを自省し、平和への願いを記憶する装置であると言えるのではないか。そして、そのアートを守り、後世の人々に伝えることは、私たちMoMAの使命なのだ。



そこにキュレーターでもある作者の『ゲルニカ』と、アート全般への思いが込められている。
瑤子が生命の危機にさらされながらも、『ゲルニカ』を守ろうとしたこと。
『ゲルニカ』は誰のものでもない、 私たちのもの
 とテロリストに訴えたことと同様に。

『ゲルニカ』をスペインから借り出すことが出来たのかどうかは、最後の最後まで伏せられていて、読後しばらくの脱力感は、いい本に出会った証拠。
二度読んで返本。
原田さん、次は誰を、どの絵を書くのだろう?

原田さんの刊行記念インタビューが載っていました。
もちろん本の中でも国連のゲルニカに暗幕をかけられた事件は、9.11と共に大きなモチーフとして何度も書かれています。

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クイーン・ビクトリア
by koro49 | 2016-08-28 14:13 |