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踏み台(日)

昨日は弟その①の三回忌を、故郷のお寺で。
随分前のような気もしたし、この前だったような気もしたのは、私の時の感覚の変化なのかな?
それでも孫ふたりの様子をあちらから見て、遺影のような笑顔で喜んでいたのだと思う。
終わってから、実家の今後のことを弟その②から話があり、いずれは売ることになるという話しに、私はもちろん異論は無かった。
空き家の維持、管理、諸々の大変さは分かるし、遠い昔に他家の人間となった私が口出しすべき事でもないと、いつも思っていたこと。
借家となる事になった家を通りかかったら、古い家に建て増した部分と小さな倉は解体され更地になっていたし、母が周りの狭いスペースに色々植えていたものも全て無くなり佇まいは変わっていて、それで一層実家への別れは確かなものに。

この日に全て捨てると言われ、ほんの1時間ちょっとの時間に、ゴミ処分場行きからの敗者復活のひとつ。
帰る時に弟その②が使っていた踏み台。
「それどうする?捨てる??」
「うん」
「だったら頂戴」
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今の家は34年位前に建て替えたもので、もちろん私は住んだことは無い。
私が住んだ家は大正11年に建てられた物だと祖母から聞いていたけど、私の記憶も曖昧になってるから、どうかな?
当時としては、大きな家だったと思うし、階段がふたつあり、台所に近い方の階段の下に、この踏み台はいつも置いてあった。
裏側に10センチ弱の丸い穴があり、その中にはお菓子などの包装紙や紐が丸めて入れてあり、必要な時はそこから取り出し使っていた。
この踏み台で思うのは、父の大きな足。
必要な時「踏み台持ってきて・・」と言われたら億劫になる大きさだったけど、小学5年時の身長122センチだった私にはそう思う大きさだったのだろう。
が・・・今高さを測ったら60センチ。
この踏み台は家族みんなが使った筈で、もう60年近くも経っていると思うから、腰を庇う私が使うにはちょっと危険を伴いそうだけど、焼却されるなら私の所で朽ちさせたかった。
中も綺麗に掃除し、拭いても拭いても汚れは落ちるけど、毎日拭いてどうしようか思案中。庭で朽ちさせるのもいいな。

「みんなが揃った時、必要な物を持ち帰ってと言えば良かった・・・」と、昨日弟その②が言ってたけど、急だったからしょうがないもんね。
ここに到達するまでの、弟その②の労苦を思う。
思い出に残る色んな物、祖母、母の思いは聞いていたけど、それはそれでどこかで大切にしてもらって生き続けて欲しい。
6月の上京から帰宅後、庭に出たらこの踏み台と一緒に火鉢が置いてあった。
それは現在居間のコーナーで物置台として使っているけど、冬になったら火鉢として使いたい。
五徳、火箸、灰ならし、そして鉄瓶が必要ね。

母が元気だった当時、それぞれの嫁に引き継いだとは言ってたけど、それでも亡くなった時にタンスの中に入っていた普段着を含めた着物は預かっていた。
でも、私も身軽になりたいし、丁度いい機会だったから、その事も話す。
取りあえず留め袖の行き先は決まり、一安心。
もちろんメンテナンス要な着物もあるので、後は見てもらって良ければ引き継ぐつもり。
この年になったら、荷物にならない思い出だけで充分。
by koro49 | 2013-08-18 16:30 | 思うこと
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